こんにちは。
有限会社後藤住建 代表取締役 愛犬築家の後藤 満(みちる)です。
このたびは、当社のホームページをご覧いただきありがとうございます。

私たち後藤住建は、山形市・天童市地域で、
愛犬とともに楽しく暮らせる生活を願っている人たちのために、
愛犬(チョコ&レオン)をこよなく愛する大工・後藤満(みちる)が、自然素材をふんだんに使ったあたたかで優しく心地よい家づくりを通じて、人とワンちゃんの笑顔と幸せを提供することに生きがいを感じている工務店です。

昭和50年に私の父親である現会長・後藤 和雄が創業してから、これまで40年以上、
地元山形の工務店として、数多くの住宅の建築・リフォームに携わってきました。

皆様が、より快適に暮らせるための家づくり、
住まいの「困った」を解決する修繕・営繕などの地元の家守りとしての役割はこれからも続けてまいります。

実は、私にはもうひとつ、役に立ちたい相手がいます。
それは、この子たちです。

「この子たちが嬉しいと、私も嬉しい」

私の愛犬、チョコとレオンです。

この子たちが、我が家に来てくれてから、私の人生は変わりました。

この子たちの笑顔を見るたびに、私も笑顔になり、何事にも前向きに過ごせるようになりました。

 

そのような経験から、
私は建築のプロとして「愛犬が人と快適に、幸せに暮らせる住まいづくり」を探求するようになりました。

 

・足、腰に負担なく走り回れる床はなんなのか?
・お散歩から帰ってきたときに便利な洗い場とは?
・自宅にも増設できるドッグランとは?

 

など、実際に自分自身試しながら試行錯誤してきました。

 

このホームページでご紹介している、
ご褒美(GOHOUBI)シリーズは、現時点での探求の成果を集約した、リフォーム・新築の後藤住建オリジナルの商品です。あなたと愛犬の家づくりにぜひ、ご利用いただけれ嬉しいです。

 

 

愛犬とともに楽しく暮らせる生活を願っている人たちのために

このホームページは、
これから家づくりやリフォームをお考えの方に、よりご自身にとって最適な家づくりの方法を見つけていただけるよう、弊社の紹介だけでなく、役に立つ情報を提供しようと日々更新に励んでおります。

 

私のブログでは、日常の仕事から、チョコ・レオンとの散歩の様子などもお届けしてまいりますので、ぜひご覧いただければ幸いです。

住まいづくりは、家を建てる時だけでなく、住み始めてから、あたたかで優しく心地よい暮らしが続くことが大切です。

より良い家づくりの第一歩として、お客様には、その良きパートナーを見つけていただきたいと思っています。そのパートナーとして、私たち後藤住建にご興味をお持ちいただけたなら、その時はお気軽にお声かけください。

末筆にはなりますが、あなたの家づくりがよりよい家づくりになりますよう心よりお祈り申し上げます。

有限会社後藤住建 
代表取締役 愛犬築家 後藤 満(みちる)

私の家づくりへの想いを、私の半生を振り返りながらまとめさせていただきました。

私自身の話をするのは些か恐縮ではございますが、
私の経験が、少しでも皆様のお役に立てればという想いで書かせていただいていますので、是非ご覧ください。

チョコとレオンに救われたから

山形で生まれ、山形で育つ。

私は、地元(山形市七浦:県立中央病院の西側)で生まれ、地元で育ちました。

小さい頃は、転ぶとスグ泣いてしまうような、ひ弱な子でした。

私の名前は、満=みちると読むのですが、よく名前を間違えられたり、いじくられたりして、子どもながらにそれがショックで、スグ泣いていたので、さらにいじられたりする毎日でした。今の時代では考えられないですが、それもまたその時の時代だったのかなぁと思います。

よかった記憶といえば、小学校5年生にはじめた「サッカー」です。当時、学年で一番の短距離走の私はフォワードとして活躍し、その時間はとても楽しかったように思います。結局、サッカーは高校生までやりました。毎日毎日ずーっと走り続け、それが今も健康で頑張っていられる体力の基礎になっていると感じています。中学3年の時は400mで東北大会に出場しました。プロサッカー選手になるんだ! 自分の身一つで稼ぐんだ! なんて思っていたくらいです。

後藤住建は、父である会長が創業した会社です。

当時はとても忙しく、親父は夜の7時に帰ってきては、その後翌日に使う材料を加工しての毎日。私も小学校6年生くらいから、作業場の手伝いや、休日は現場に出て手伝いをしていました。家族で過ごす記憶もほとんどなく、外食などもしなかったので、フォークとナイフの使い方がわからず、恥ずかしい思いをした記憶があります(苦笑)

そんな生活の中で、私は密かにあることを決めていました。

絶対に、大工にはならない

「絶対に大工にはならない」

作業をすれば汚れるし、木の“におい”も好きではありませんでした。

それが今では“木の香り”が好きでお客様にすすめているくらいですから、面白いものですね。

では、なぜ絶対大工にならないと決めた私が、大工になることになったのか?

についてお話していきたいと思います。

建築を本格的に志したのは、高校3年生の時、進路についての四者面談をした時のことです。

突然私は「設計の専門学校に行きたい」 と宣言しました。
両親にも全く相談していなかったので、驚いたのではないでしょうか?

大工にはなりたくなかったのですが、知っているのは建築の道だけです。
そんな私は、設計の勉強をして設計士になれば、泥だらけの大工仕事はしなくてすむ。
当時はそれくらいの考えだったと思います。

しかし、
当時の高校は、卒業後の進路のほとんどの生徒が就職をする学校でした。

なので「ウチでは無理です」と言われその道は断念せざるを得ませんでした。

二度の帰ってこい! の言葉で。

結局、私は地元では有名な家具工場で働くことになりました。

 

その家具屋さんは、なんと就職早々に倒産。退職を余儀なくされ、その後は仙台で働いていました。

 

ある時、突然父親(会長)が職場に来たんです。
父親はいつだって突然です(笑)

 

父親を見た瞬間、私は言いました。

 

「親父、どうしたの? それ」

 

会長は、右腕を三角巾でまき、まるで骨折したような姿でした。

 

「俺は、もうこんなだから、帰ってこい!」

 

そう言われ、父親のピンチは、後藤家のピンチ。
なんとか家業を助けるべく、地元に戻ることにしました。

 

・・・その翌日から、会長が普通に大工作業をしていたのは笑い話ということで。

 

その後、
実家に戻ることにしたとは言え、工務店としての実力をつけなければならないと考え、
一度、会社を離れ、山形の工務店で大工・現場監督として勤めることにしました。

 

朝から晩まで働き詰め、給料も7万円という今でいうブラック企業に入り、1年が経った頃・・・後藤住建を個人事業から、法人化するという話があり、実家に戻って父親と話をしました。

お前、これからどうするんだ?

「お前、これからどうするんだ? 継ぐのか? どうするんだ」

当時私は、自分で独立しようという想いもありましたが、父親である会長が、
「ゼロから始めるのは滅多なことだ。この基盤を活かして仕事をして行った方がいいんじゃないか?」

という話をされ、後々継ぐという約束を交わしました。

その後、二度目の「帰って来い!」があり、後藤住建に入ることにしました。

当時は地元、建設会社の下請けとして

やっていた後藤住建。はじめは、大工(梃子)として現場の修行からはじめました。

(仕方ない・・・2,3年の我慢だ)

そんな気持ちでした。

そんなこんなで、12年・・・私の気持ちが変わる出来事がおきました。

元請けをするしかない! しかし・・・

巷の流行は、ローコスト住宅。

当時のローコスト住宅においては、職人の手間賃を下げていくわけです。下請けは厳しくなっていくわけですよね。

(このままでは、やっていけなくなるな・・・)

そう感じた私は、元請けになることを決意しました。

しかし、それは大変な苦労をすることになったのです。

 

私は、とある住宅のフランチャイズに入会し、家の商品化に着手しました。

その時の気分はなかば有頂天。この商品があれば売れる。いやっ、もっというと、売れた気になっていました。

しかし・・・家は全く売れませんでした。

折込みチラシを撒いてもダメ。

初めての見学会には、OB施主様以外は全く誰も来ませんでした。

たまたま来なかっただけかもしれない・・・

もう一度やってみても誰も来ませんでした。

無念な気持ちがいっぱいで、落ち込みました。

しかし、落ち込んでもいられない。

もう、思った通りにやろう。

考え抜いた末、自分がやりやすいように工夫しました。
すると、お客様も少しづつ来るようになってきたんです。

「言われた通りだけでは、やっぱりダメだ。自分で考えないと」

そう考えが変わり、工夫をしはじめ、成果も出はじめてきました。

しかし・・・
「もう、ダメだな」
せっかくうまく行きかけた頃でしたが、
経営維持のため元請けは一旦封印、下請け仕事をする苦渋の決断をしなければならなくなりました。

下請け工事会社に逆戻り

下請けに逆戻りした後藤住建。

仕事として、
元請けが正しい、
下請けがダメ、ということではなく、
挑戦したことが失敗に終わったショックと、
結果として会社が苦しくなってしまった責任感で気持ちは落ち込んでいました。

「ゼロからやり直すくらいのつもりで」

しかし、元請けを諦めたわけではなく、
親父と、一緒にやってくれる大工ともう一度やり直そう、
という気持ちで家づくりに励む決意をしました。

そんな気持ちで仕事をしていたある日。
私の建築人生の中で最も大切にすべきことに気づく出来事がありました。

ある大型リフォームを任されたお客様とのやり取りのことです。

元請け会社の作成した図面を見ながら私は思ったことがありました。

この家に住んで、果たして家族は幸せになれるのか?

「この家に住んで、果たして家族は幸せになれるのか?」

下請けだから仕方ないか。
そう思って工事を続けました。

数日作業をしていたある日の18時。
作業は18時までという決まりがあったので、片付けをしていた時、お客様から声がかかりました。

「後藤さん、実はね、住宅会社さんとのやり取りがうまくいってないのよ」

「そうなんですか・・・、よかったらお話聞きますよ」

下請け仕事では、
あまりお客様のご要望などは聞かないことにはしていたのですが、(聞いてしまっても、実現できない工事がほとんどだったので)今回は、自分の中でもやっぱり・・・という気持ちもあり、つい、お客様に話を聞いてしましました。

すると、お客様の相談は、毎日のように続きました。

「現場監督さんが、来てくれないのよ」

「話を全然聞いてくれない」

来るように言えばいいじゃないか? と諭すと、

「でも、後藤さんが全部やってくれるからいいわ」と一言。

そこまで頼られると、性分としてはやらざるを得ない。元請けにわからない範囲の中で、色々とご要望を叶えてあげました。

「ありがとう」

お客様の喜ぶ姿に、私自身とてもやりがいを感じていました。

しかし、私はあくまで下請けなので、工事が終わったら次の現場に行かなくてはいけません。結局、その家がお客様の満足するものになったかどうかわからず、気がづけばお引渡しの日を迎えていました。

(あのお客様、どうなったんだろうか・・・)

そんな時、私の心を決める、決定的なことが訪れました。

その約1ヶ月後、元請けの会社からアフターフォローを頼まれ、お客様のお宅に伺う機会が訪れたのです。

俺がこの手で・・・

お客様が私を見つけるなり、
「あの会社に頼まなきゃよかった」と言ってきたのです。

 

それは、今でも忘れないくらい、とても悲しい表情でした。

(せっかく建てた家なのに・・・)

自分も工事に携わった身として申し訳ない気持ちになると同時に、
元請けを目指したあの時の気持ちが蘇ってくる想いがしました。

 

「俺の手で、お客様を幸せにするんだ!!」

家は、建ててからでは直せない部分があります。もちろん、建て替えれば別ですが、そうそうできるわけではありません。

万が一、建て替えたとしてもまた、解体して建て直してでは、1年近くかかります。

 

「あん時、すればよかった」

そんな想いだけはして欲しくない。お客様のあんな顔をもう見たくない。

 

「よしっ!」

私は元請けとして、再チャレンジすることを決意しました。

もう、下請けにはならない! 今度は、自分自身に固く約束しました。

 

言われたことをやるのではなく、お客様の役立つ提案を

「お客様から『ありがとう』と言われる家づくりをするためには、お客様の想像を超える快適な空間をつくらなくてはいけない」

そう考えた私は、
現在、後藤住建のメインの工法、ジョイ・コス工法の勉強をはじめました。

びっくりしました。
それは、工法にではなく(だけでなく)、

「快適に住んでいるわよ」
「家を建ててよかったわ」

ジョイ・コス工法で建てたお客様はみなさん、そのように言うのです。

その時、私は気づきました。
ジョイ・コス工法は確かに工法としても素晴らしい。
でも、その前提にあるのは、工法を極めることではなく、お客様の快適な暮らしを極めることだということだったのです。

これまで、家をつくることばかり考えていた私はハッとしました。

・・・ここまでたどり着くのに建築人生20年かかりました(泣)

お客様の快適な暮らしをつくる。
そう決めてからは、家づくりが楽しくなりました。

自分は、誰のためにこの仕事をするのか?

その後、細々ながら元請けの受注もいただけるようになりました。

 

特に嬉しかったのは、お施主様からもう一度、ご発注をいただけたこと。でも、そんな中でもう一つ思うことがありました。

 

「自分の腕が本当に活かせる仕事ってなんだろう?」

 

腕のいい大工は他にもいる。お客様にもっと満足していただくためには、自分の得意技を活かさないといけない。

チョコ&レオンのために

後藤住建を創業した親父のため?
一緒に寄り添ってくれている妻のため?
いつも見守ってくれる母親のため?
ことあるごとに連絡をくれる妹のため?

もちろん、家族は大事です。
でも、お客様の役にたってこそ、プロとしての仕事。
私は迷っていました。

そんな時に、我が家に家族が増えました。
それが、チョコとレオンです。

チョコとレオンと暮らしはじめてから、
気持ちに余裕が出てきました。

昔は、スグ突っかかるタイプの性格だったのが、
「後藤さんは穏やかですね」と言われるまでになりました。

やがて、チョコとレオンのために何かしてあげたいと思うようになりました。

「もうちょっと、広く遊ばせてあげられたらなぁ」

「フローリングは腰に悪いのか」

「ペットの匂いは工法によって消えるんだな」

限りある敷地、限りある予算の中で、最も良い環境を作るためには・・・。気づいたら、この子たちが快適に住まえる環境づくりに没頭していました。

そうやって、できる限りのリフォームを行ったある日のこと。チョコが眠っている時にお腹を出して仰向けでゴロン♪ 

これは「ここが自分の縄張りだ」という気を許している合図。

(やっと、自分の家だと思ってくれたか)

だらしないな〜とも思えるこの体勢で寝ているチョコを見て、とても嬉しい気持ちになっている私に気づきました。

〜快適を提供する〜 

このことで本当の意味を知った気がした瞬間でした。

家づくりをする人の中にはおそらく、
自分の大切な誰かのために家づくりをする人もきっといる。

私は、そんな「誰か」のためを思う気持ちを大切にした家づくりをしていきたい。私は、その人の想いを汲み取り、形にできるプロであり続ける。

「大工には絶対にならない」

そう思っていた少年時代には、
まったく気がついていなかったこの仕事の素晴らしさをチョコとレオンのおかげで知ることができました。

(きっと、親父もそうしていたから40年以上も続けていられる会社ができたんだろうなぁ)

終わりに

ここまで長文をお読みいただきありがとうございました。

この物語を通じて、
私の家づくりへの想い、愛犬への想いを知っていただけたら嬉しいです。

最後に、ここまで読んでいただいた、
熱心な愛犬家のあなたにメッセージです。

家は、ちょっとしたアイデアや工夫で、
生活をガラッと変えることもできます。

今の住まい、いかがでしょうか?
愛犬にとって、幸せと言える空間が出来上がってますでしょうか?

犬の寿命は、長くても15年。

私は、その大切な時間を少しでも快適に過ごしてもらいたいと思っています。そのためなら、私の経験は惜しみなくお伝えするつもりでおります。

次のご縁では、
ぜひ、あなたと愛犬談義に花を咲かせたいと思います。
ご興味をお持ちいただけましたなら、
ぜひお気軽に、ご一報いただければ幸いです。

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